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2003年8月頃より多忙のため、新しい情報をアップすることができませんでした。この間のNEWSについては、今後できるだけ時間を見つけて掲載していきたいと思います。どうかご了承下さい。m(_._)m
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■2003.7.25 次はモナコで踊る!
Sunday Independent紙によると、8月8日、モンテカルロ、スポルティング・クラブで行われる恒例の赤十字のためのチャリティ・イベントで、一夜限りのショーを披露する。このイベントでは過去にElton John、Whitney Houston、Stevie Wonder、Tina Turner、Frank Sinatraなどが出演しており、アイリッシュダンスが演じられるのは、1998年のRiverdance以来二度目。チケットは、一人1000ユーロ(約13万6千円、2003年7月換算) - Information: (377) 92 16 22 10。Michaelはこの数週間、モナコ王室も出席するこのイベントのためにリハーサルをしてきた。
翌9日には、美術品などの買い付けのためモスクワに飛ぶ。 --- thanks to Bernadette and MIKEroCosm for this information.
■2003.7.23 Castlehyde 修復プロジェクトの全容
(2003.8.4 すみません、訂正です:first-floorとground-floor、共に一階と訳してしまっていましたが、英・アイルランドではfirst-floorは二階でした。MichaelとLisaの居間があるのは二階です。ERINさん、ご指摘ありがとうございました。m(_._)m)
Sunday Independent紙20日付の記事と22日付の記事(アクセスには登録が必要、20日の方は写真あり --- 壁画、ナポレオンをテーマにした寝室のバスルームにある大理石の調度品、応接室の一つ)、原文はとても長いので、一部まとめます。
すでに3千万ユーロ(約40億5500万円、2003年7月換算、所蔵している美術品、骨董品などを含まず)を費やしている18世紀の屋敷Castlehydeは、アイルランド史上最も成功した修復プロジェクトであると言われれいる。1760年に建造され、1800年に増築されたこの建物は、100年以上に及ぶ洪水の被害で基礎は沈下し、外壁は最大10インチ以上浸食されていた。「正直なところ、解体する方が簡単だっただろう」作業に当たった建築業者は語った。しかしMichaelは建物の本来の特徴を保持することを決意し、忍耐を要し、骨の折れる工事が開始された。
Michaelの友人で世界的に知られる英国の建築家Peter Instonは、世界の富豪や有名人のための仕事をしてきた20年のキャリアのうちで、これほど壮大なプロジェクトを手がけるのは初めてだと語った。「カタールの国王や他の王族達の仕事をしたが、Michaelほど所有物の修復に対して実際に関心を持っている人はいなかった」 彼の考えでは、今後数十年、アイルランド、おそらくヨーロッパにおいても、Castlehydeは最も見事な修復プロジェクトになるだろうと語った。「ポイントは、この家の中のものは全てがオリジナルということだ。可能な限り全てを保存し、本来の床、窓(50万ポンド=約9500万円、2003年7月換算、をかけて全てオリジナルを復元)、天井等を修理復元した。地下室では、レンガに番号を付けてはがし、洪水のダメージを修繕してから正確に元の位置に戻した」 Castlehyde管理人と地元の歴史学者Pat Bartleyは、18世紀、アイルランド貴族の最も有名な社交場の一つであった頃の輝きを取り戻したと認めた。「この建物は宝。このような修復を実現できたのはMichaelだけだ」
大邸宅や城が建ち並ぶため、一時は「アイルランドのライン川」として知られたBlackwater川のほとりというロケーション。正面は川に面し、背後には13世紀のCondon城を頂く険しい絶壁がそびえる立地は息をのむほど素晴らしい。建物から川への傾斜にわたる造園作業は現在進行中。「この屋敷は元の美観を取り戻した。我々は再びそこに住まわれるために修復した。これは博物館ではなく、家族のための家なのだ」Peter Instonは説明した。地下室は川の増水による冠水の危険があるため、防水設計がなされた。その防水工事には、屋敷の購入金額のほぼ25%に及ぶ費用が費やされた。Peter Instonはこれだけの費用をかけた大規模な修復プロジェクトを企てた個人はいないだろうと語った。有名な石造りのゲートウェイも、管理人とロッジキーパーの宿泊所と同時に修理された。
Castlehydeの最も有名な特色は、アイルランドで最も優れていると広く認められている石造りの階段(片側が固定された)と共に、きわめて貴重な18世紀の暖炉のコレクションだ。将来Michaelのパーティに招待されたゲストは、単に18世紀の屋敷ではなく、21世紀の考えられる全ての最新設備を完備した宮殿を目の当たりにするだろう。玄関ホールには電動運搬式のコート・ラックが備え付けられ、コート・ルームは温度湿度がコントロールされている。一階の廊下に面するドアは開かれ、建物の全長と同じ長さの巨大な部屋では、ゲストはひと続きのテーブルで王族気分で食事ができる。オリジナルの壁画は、多くの王宮を手がけてきた英国の金箔貼りスペシャリストKeith FerdinandとTony Raymondを含むアーティストよって修復された。
Michaelが"my dream home"と呼ぶこの4階建ての邸宅は、10月に予定されている入居には正式に完成する。
・二階部分は全てMichaelとLisaの居間と寝室。手作りのシルクのカーテンの付いた四柱式ベッドのあるイタリア様式のベッドルーム。18世紀の浴槽が川の景色が楽しめるように設置されたバスルームとドレッシングルーム。地下の収納室と季節毎に入れ替えられるワードローブ。
・階上の14のゲスト・ベッドルームは、Michaelの趣味と屋敷の特色によるテーマによって、それぞれ装飾されている。例えば、チャイナ・ルーム、アメリカ大統領ルーム(年代物の家具と、アイルランド系の大統領の肖像を飾った)、フレンチ・ルーム、ベネシアン・ルーム、Castlehydeの元所有者のヨット遊びの趣味を反映させた海洋船舶ルーム。それぞれの部屋毎にデザインされた壁紙とカーテン、大理石の浴室も備えている。
・中央でコンピュータ制御されるAVシステムが屋敷全体をカバーし、全ての部屋に衛星TVも供給する。
・地下のアフリカン・サファリ・ルームでは、ビリヤードをしたり、ウイスキーを飲んだり、上等なキューバ葉巻をくゆらせる間、'Out of Africa'の雰囲気を満喫できる。
・廊下の先にはJameson(アイリッシュ・ウイスキーのブランド)デザインのウイスキー・ルーム、4つの巨大なアイリッシュ・ウィスキーの樽、珍しいモルト・ウイスキーや蒸留酒を収めたキャビネットが並ぶ。
・二つの環境制御されたワインセラー、赤ワインの方はBordeaux、Chateau LatoursやMargauxsの収集など、国内で最も貴重なコレクション。
・フィットネスのためには、ローマ式のスパ、床暖房完備のマッサージ・ルーム、リラクセーション・ルーム、スチーム・ルーム、サウナ、塩水浮揚水槽、シャワー、機械式マッサージ・ルーム、ヘア・サロン、最新技術のジム。
・子供連れのゲストも心配不要。プラスマTVスクリーンとコンピュータゲームを備えた子供用の特別な休息所あり。
・スタッフのためには、ランドリー・ルーム、完全装備されたキッチン、執事の部屋。
・20席のプライベート・シネマには20フィート(約6メートル)のスクリーンとバー、アメリカン・ポップコーンとコカコーラのマシンもある。また数分のうちに、ダンスの稽古ができるプライベート・オーディション・ルームに変化する。
・3000冊を収納する3層構造のライブラリは細かく描かれた天井壁画に覆われ、手彫り装飾が施された米国産クルミ材の棚を設置。James Joyce、Oscar Wilde、William Butler Yeats、Sean O'Caseyなどアイルランド文学の初版本を含む貴重な書物のための特別な展示ケース。MichaelはJoyceの「Ulysses」(ユリシーズ)を好むので、専門のバイヤーに探させている。
・完全防音設備のミュージック・ルームは、Blackwater渓谷が見渡せ、Steinwayグランドピアノ、コンサート・ハープ、Michaelの貴重なフルートのコレクションがある。
・8区画に仕切られたガレージは、崖のそばに位置しているため、収納される貴重な乗り物を保護するため強化鉄鋼と硬質コンクリートの屋根を持つ。特にMichaelの新しいロールス・ロイス・ファンタムは全長20フィート(約6メートル)あり、ガレージの再設計を必要とした。フェラーリとBMWロードスター等のスポーツカーも収納。1904年のビンテージ車も現在入手のための交渉中。敷地内には、軽いドライブのための1.5マイル(約2.4キロ)の舗装し直された道路がある。
北コークFermoy、近くにCastlehydeホテルがあり、14の客室を持つCastlehydeの壮大な修復プロジェクトも終わりに近づいている。18世紀の輝きを取り戻したことを祝うため、10月にオフィシャル・オープンの盛大なパーティが催され、元米大統領のBill Clintonも主賓として招かれる。Castlehydeは4年前に3百万ポンド(約5億7千万円、2003年7月換算)で購入され、一切の国家補助を受けずに全て私費(3千万ユーロ)でまかなうという異例の修復工事が行われてきた。MichaelとLisa Murphyは10月に移り住む予定。Michaelは8月9日、美術品を見にモスクワに飛ぶ。彼の専属バイヤーに、コレクションのための貴重なアイルランド文学作品や美術品を求めて、オークションやギャラリーを総ナメにするように指図している。
--- thanks to Bernadette for this information.
■2003.7.4 Michael's Irish Dance Academy in Russia
LOTDファミリーに加わる新しいダンサー発掘のために、Michaelは念願であった自身のダンスアカデミーをモスクワで開講。5月末にIridanにおいてオーディションの後ワークショップを開き、6月28日にはMarie DuffyとJimmy Murrihyにより、2度目のワークショップが30人のダンサーを集めて同じくIridanで開かれた。原文は公式サイトのNews & Eventsセクションへ。
■2003.6.20 Michael in Paris
Michaelは11日にパリに飛び、まずはテレビや各メディアによるLOTDフランス公演に関するインタビュー。午後は、有名なキャスティング誌を含め、多くの新聞や出版物のためのインタビュー。夜は初日のステージを観た後、スポンサー、プロモーター、主要なパリジャンが招かれたカクテルパーティ、そして、新聞雑誌の代表者、事業家やテレビ局の重役などを招いたリッツ・ホテルでのアフターショー・パーティ。翌日午後は、T1のリードダンサーを伴い、ワークショップ開催。マスタークラスの様子はTelevision 3によりテレビ収録され、その日のゴールデンタイムに全国放送された。
LOTD公式サイトのNews & ReviewsにLisaとの写真と原文記事があります。
★ 靴はFlatheadが落札!!
18日付のアイルランドThe Star紙と公式サイト掲示板への本人の書き込みによると、13日に行われたISPCCオークションで幸運にもMichaelの靴をゲットしたのは、ニューヨ−ク州に住むJeannie Kaidyさん!(そう! 当サイトの"Jeannie's Adventure"を書いたJeannieその人!、またの名をMother Perfect, Mama Pea)落札価格は、2,5000ユーロ(約208万円、6/20換算)。オークションの収益はアイルランドの子供達のために寄付される。靴はLOTDワールドツアーの時に履かれたもので、端に小さなダイヤモンドが付いている。Jeannieはこれまで3回、過去のオークションでMichaelの靴に入札しており、今回やっと悲願の落札。「彼は『あきらめるな』と言うでしょ? だから私はあきらめなかったわ。耳を傾けると、きっと50タップ/秒のタップ音が聞こえるでしょうね」 --- Congratulations, Jeannie!! You are the one who deserve to own a pair of his shoes!
■2003.6.12 靴をチャリティオークションに
特に子供のためのチャリティには協力を惜しまないMichael、ダンスシューズをISPCC(Irish Society for Prevention of Cruelty to Children - 子供に対する虐待を防止し、子供達が安全で幸せな生活を送ることができるように貢献するアイルランドの慈善団体)のために寄贈した。その靴は、13日(金)にTipperary州(南アイルランド)で行われるISPCCのセレブリティ・オークションに出品され、期間中アイルランド国外からも電話で入札できる。Cafe Buzzの記事より。 --- thanks to Bernadette for this information.
■2003.6.9 ロシア続報、Iridan訪問
LOTD.ruによると、サンクトペテルブルクでのパフォーマンスの翌日、6月1日、モスクワのアイリッシュダンススクール Iridanで、Marie Duffyによる(Damien O'KaneとGeoff Hayesも伴って)初のオーディションとワークショップが行われた。オーディションは朝の9時に始まり、ダンサーを選抜した後、Marie Duffyによる10時間(!)に及ぶマスタークラスのレッスンが、15〜20分の休憩を何回かはさみながら行われた。MichaelのIridanへの到着は午後4時頃。その日の様子は、LOTD.ruフォトセクションに写真あり。
サンクトペテルブルクのステージでMichaelと踊ったダンサーの名前は以下の通り:
Damien O'Kane, Damien Doherty, Nick Fallon, Chris Hannon, Paul O'Brien, Brendan McCarron, Don McCarron, Liam Coleman, Owen McAuley, Conor Smith, Jimmy Murrihy, Dean McCabe, Brian O'Malley, Eoin Murray, Conor Pedan, Malcolm Kingston, Jamie Mc'Auley
Jessicaのサイトによると、この中の何人かは元LOTDダンサーだとか。
--- thanks to Alex, Bernadette, Jessica and LOTD.ru for the information.
■2003.6.2 ロシアで踊った!
公式サイト、News & EventsとSpecial Featureに掲載された記事より。
5月31日土曜日サンクトペテルブルクで、彼のキャリアの中で最も素晴らしいパフォーマンスを終えた後、プーチン大統領は赤の広場で踊ってはどうかと求めた。
2001年7月以来踊っていなかったMichaelは、50人の世界のリーダーが出席して行われた建都300周年を祝ったスター揃いの祝宴において、パフォーマンスを披露した。ショーの後、プーチン大統領は舞台裏を訪れてMichaelの素晴らしいダンスについて祝いの言葉を述べ、今まで観た中で最も素晴らしいショーの一つだ、ラスベガスに行ってVenetian HotelでのLOTDを観てみたいとも言った。
Photo Gallery、St. Peterburgセクション(Jump to these photos: から選択)にも写真。
■2003.5.27 ロシアで踊る!
25日付アイルランドSunday World紙によると、Michaelは、サンクトペテルブルク建都300周年記念行事でのパフォーマーとして選ばれた。31日土曜日、このイベントのために修復されたConstantine Palaceにおいて、プーチン大統領に招かれたG8首脳等を前に、18人のトップダンサーを率いてダンスを披露する。「歴史と芸術の都市で世界の首脳を楽しまる栄誉を与えられて誇りに思う」と語った。このために何週間か集中的にトレーニングをしてきたMichaelは、プライベートジェットでロシアに向かい、モスクワからはブッシュ大統領の専用機に同乗してサンクトペテルブルクに向かう。なお、この祝宴ではオペラ歌手のLuciano Pavarottiも歌う予定。 --- thanks to Annie of Dublin and Bernadette for this information.
■2003.4.24 テレビインタビュー別情報 − 訂正
前回のインタビューの概要で、he/himの訳し方が間違っていたようです。申し訳ありません。別の筋から新たな情報が入りましたので訂正します。
RD離脱前、MichaelはGerryに会った時に(君にとっても僕にとっても)信用できるのは一体誰だ?と訪ねた。長い沈黙の後、Gerryは、僕は誰も信用しないと答えたと言った。また長い沈黙の後、Michaelは君は正しかったと言った。Gerry:なぜあんな質問をしたのか?(長い沈黙)Michael:なぜあの質問に答えた?(長い沈黙)Gerry:あの時君はとても孤独だと思ったから。(長い沈黙)Michael:そうだ。その後Michaelは、ここでちょっと一息入れようと言うと、番組のオープニングクレジットが流れた。沈黙の間はお互いに黙ってじっと見つめ合うだけだった。それは奇妙な光景だった。 --- thanks to Bernadette for this information.
■2003.4.19 テレビインタビュー
アイルランドRTEのGerry Ryanの番組で17日、8人の有名人を紹介するシリーズの第一弾として、Michaelの29分間(約3時間の内容から抜粋)のインタビューが放送された。大まかな内容は以下の通り。(情報を提供してくれた方の私見も含まれていますし、話が前後する部分もありますが、私が得た情報に忠実に訳します)
若い頃の写真が紹介され、子供の頃のダンスレッスン、両親や家族等について語られた。Gerry Ryan自身がMichaelに最初に会ったのはRDの初期の頃のようで、その時Michaelがとても孤独に見えたので誰を信頼しているか訪ねたら、誰も信用しないと答えた。Michaelの最初のテレビ出演をMoya Dohertyが見ていたために、彼女が1994年のEurovisionのRD制作の一員として彼を選んだ。Eurovision放送前、人々は彼に他のアイリッシュ・ダンサーのように腕を脇に付けて踊るように言ったが、Michaelは自分のスタイルが選ばれたのだから踊り方は変えないと言った。
ほとんど毎日、数時間行われるビジネス・チームやプレス関係者との会議の様子も映された。ラスベガスに16エーカー(約19,600坪)の土地を購入し、そこに最初のアイリッシュ・カジノを建設中で、当面の後援者もいるが、リスクの大きいそのプロジェクトに総力を注いでおり、すでに2億1500万ドル(約257億5千万円、4/19換算)を費やしている。
Michaelは、トレーニング、お酒、女性、パーティ等を愛する自分のライフスタイルに満足しており、それらを楽しむために仕事をしている。新聞などが今後、特に人間関係などについて何を書こうが気にかけないし、それについて語ることも拒否する。休暇を取るのが好きだが、仕事にフレッシュな気持ちで戻ることも好き。彼の会社の株式上場が実現しなかった時、人員を削減しなければならなかったこと、それもビジネスのうちと語った時は真剣だった。若い頃、ダブリンでナイトクラブを経営する友人に提供されたねぐらを頻繁に利用していたことから、多くの女性との話が取りざたされた。
Venetianは大胆かつスマートな正しい選択で、うまくいっている。多くのアメリカ人が海外旅行を控え、ラスベガスを訪れる。GerryがWembleyでのショーについても簡単に触れて、(Breakoutの演目で)女性ダンサーがスカートをはぎ取る場面は、ケルティック・ダンス vs ポルノのようだったと言うと、Michaelはそれは境界線を破らずに、プッシュしただけだと答えた。ビジネスの取引からは片時も目を離さず、他人に相談することもない。問題解決に集中するためには、独りになることを好む。過剰な意見やアドバイスは好まない。
Gerryが、Lisaはマスコミの取材などにより今ではMichaelと同じくらい有名になり、レイプ訴訟の件(*)以来、いかに彼を支持しているかを印象づけたと言うと、Michaelは、彼女にはそれを望んでいたし、彼女は気品があり素晴らしいと答えた。Gerryの彼女についての言及はそれだけで、当面結婚はなさそうだと思っているようだった。
RDに関わったのはたったの13週間だけだったが、それは一生のように長く感じた。Michael自身、あの時でないとあのようなショーは作れなかったので、Moya Dohertyが機会を与えてくれたことは嬉しく思っている。ある時好意を抱き、次の瞬間それがねたみに変わるのは、アイルランド人の奇妙なところだと認めた。
私(情報提供者)には、彼は将来の家族のことなどについては語らない一匹狼、本当に断固としたビジネスマンであり、勢力拡大主義者のように思えた。事実、彼はビジネスについては鷹のように厳重に監視し、それを他の何事よりも優先させているようだ。この点、彼は孤独な帝国建設者のように思える(私が間違っているかもしれないけど)。
特に驚くような新事実はなく、紹介されたショーやリハーサル風景などは、とてもよかった。彼は本当に元気そうだった。
--- thanks to Bernadette and her friend in Ireland for this information.
*この件に関して、当サイトのポリシーとして公表を差し控えていました。詳細が知りたい方はメールで。
■2003.3.20 公式サイトよりSt Patrick's Dayのメッセージ
Happy St Patrick's Day - March 17, 2003
全ての友人、同僚、とりわけ私の誠実で熱心なファンに、幸福なSt Patrick's Dayを願いたい。歴史を通して、アイルランド人達は新しい生活とより良いチャンスを求めて、世界全域に渡ってきた。あなたが世界のどこにいようと、軽快な調子のアイルランド訛りで安否を尋ね、健康を願う声が必ず聞こえるはずだ。大きなアイリッシュ・コミュニティはアメリカ、特にニューヨーク、シカゴ、ボストン、ロサンゼルス、そしてオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、カナダ、日本で発展してきた。どの地域でも、楽しみながら自分の選んだ国に貢献しているアイルランド人に出会うだろう。去年何度かロシアを訪れる幸運に恵まれた。モスクワでは、祖国を離れたアイルランド人のコミュニティにもてなされた。たとえ祖国アイルランドから遠く離れていようと、共通の絆、共有できる時代があり、私たちは皆一つになれる。St Patrick's Dayはアイルランド人だけではなく、世界の人達に祝われ、みんなが集まるいい機会なのだ。あなたがどこにいたとしても、素晴らしい日なのだ。
楽しいSt Patrick's Dayを・・・
原文はmichaelflatley.comのNews & Eventsをご覧下さい。
■2003.3.18 Irish-American of the Year受賞
14日、ニューヨークPlaza Hotelで開かれたIrish America Magazine主催の晩餐会に、フィアンセのLisa、両親、弟のPatrick、少数の友人やスタッフと共に出席。Irish-American of the Yearとして表彰された。主賓であるMichaelが壇上に上がり、アイルランドの文化を世界に紹介した彼の貢献と情熱が認められたとして、Waterfordクリスタル製のダンスシューズを象ったアワードが授与されると、会場からはスタンディング・オベーションで讃えられた。(その晩餐会の時の写真がこちらで見られます。リンクが切れたら削除します) --- thanks to Bernadette for this information.
■2003.3.13 今週Lisaと共にニューヨークへ
Irish America Magazineが選んだTop 100 Irish-Americansの一人として、3月14日にニューヨークPlaza Hotelで行われる、ディナー&プレゼンテーションに出席する。Irish-American of the Yearにも選ばれている。ニューヨークではセント・パトリックス・デーのパレードにも参加する模様。 --- thanks to Bernadette for this information.
■2003.1.24 公式サイトに久々のメッセージ
サイトアップデート
2003年1月21日
私のサイトのリニューアルをもって、これまで誠実に支援してくれたあなた達への感謝としたい。私のファンは私にとって最大のギフトであり、あなた達のコメントや意見は私にとってとても重要である。常に物事に着目し将来を見据えるように努めてきたが、あなた達のサポートは私を前進させる手助けとなってきた。新しい年になり、本当にエキサイティングだ。あなた達も知っているように、私たちは飛躍的に発展していて、現在プロモーターから、応じることができないほど多くの公演要請を受けている。11月にオープンしたラスベガスでのLOTDショーはますますパワーアップしており、ダンサー増員のためにコンスタントにオーディションをしている。さらに、私たちには将来に向けてたくさんの素晴らしい計画があり、詳細を発表できることを楽しみにしているので、今後も度々サイトを訪れてほしい。あなた達の積極的な参加は、ベストのものをもたらす上で必要不可欠なので、あらためて支援を求める。あなた達が健康で、近い将来全ての夢が実現することを願っている。夢を実現させる努力を忘れないように。
Michael Flatley
原文はmichaelflatley.comのNews & Eventsをご覧下さい。
■2003.1.4 町議会はMichaelを支援(関連過去記事:2002.9.26、2002.1.26)
Fermoy町会議はMichaelのCastlehyde修復計画をサポートするとした。(すみません、この手の記事の翻訳には自信がないのですが町議会議員の語った内容から)「Fermoyのためにこれほどの時間と資金を費やす個人はいなかった。政府や地方自治体は何もしないのだから、もしFlatley氏がここを立ち去ったら誰がこれをするだろう。このプロジェクトを支持して一致協力して進めるべきだ」「この件については、Taisce(重要な国家遺産の保存を監督するアイルランドの政府機関)とコーク州議会との間で、圧力団体を除外して、専門的にを扱うべきだった」「当時は反対者がいたが、彼(Michael)は事業を支え地域に雇用をもたらしているのだから、この町の支援によって再討議されるだろう。彼は確実にコミュニティのメンバーだ」 --- thanks to Elsa for this information.